2005年12月3日、博多港を出発!
心の旅のはじまり
12月4日、対馬より真っ暗な海の向こうに瞬く韓国・釜山の街灯りを望む。高ぶる気持ちを抑えきれず「絶対!走破してやるぞぉ!!」と叫ぶ。…それから20日、中国・北京を目指して走っています。最初の訪問国の韓国では地元の人々とふれあう余裕もなく、刻々と変化する環境と重い自転車に慣れることに精一杯でした。中国に入って余裕が出てきたため、旅の物語はここ、2005年12月26日から始めたいと思います。
とある一日~中国・国道102号線にて~
08:30職場や学校に向かう自転車の列に混じり、北京を目指して国道102号線を疾走。周りの人々は真っ白な息を吐きながら、黙々とペダルを踏んでいます。大陸に渡って以来、寒さに対しての耐性はついたのですが、基本は九州男児。雪国生まれの人にはかないません。氷点下10度以下がめずらしくない場所では、「寒い」より「痛い」という表現がピッタリで、息をするだけで喉が痛くなるほどです。
そんな慌ただしい中で私の存在に気づく人は多くありません。異国で一人ぼっちという寂しさを感じつつも、朝の慌ただしさは「万国共通なのか…」と小さな発見。
通勤通学ラッシュを抜けると、国道は再び人気の少ない田舎道に戻ります。たまに重そうな荷物を積んだ3輪自転車を追い抜き、猛スピードのトラックや乗用車に追い抜かれるだけです。唯一私と同じ速度なのは、日本では見かけなくなった3輪トラック。静かな田園風景の中、懐かしい単気筒エンジンの音を響かせ、時速20kmで一緒に走ってくれます。ボンボンボン…牧歌的だなぁ。
自転車旅行世界的人(自転車で世界旅行をしている人)
11:30再び人通りが増え始めます。中国では、学校も職場も2時間前後の長い昼休みがあります。陽光が心も温めてくれるお昼時、私の姿に気がついた人々が、通り過ぎるまでけげんな表情で凝視。時には自転車で追いかけてくることがあり、背中の気配を察して止まると、まじまじと私を見つめています。
つたない中国語で、「私は日本人です。自転車で世界旅行をしています」と話しかけてみる。すると言葉が通じたのか、「なんだ、日本人か。そうかそうか、頑張れよ!」と破顔一笑(顔をほころばせて、にっこり笑うこと)。この一瞬の喜びが旅の醍醐味です!
追いかけてくるのは自転車だけではありません。バイクに乗用車、時には大型トラックまで!うれしいのですが、毎回立ち止まって話していては先へ進めません。そこで道行く人に私が何者であるのか、理解できるように『自転車旅行世界的人』(自転車で世界旅行をしている人)という札を荷台に付けてみました。すると、効果てきめん!!いや、むしろ呼び止められる機会が増えてしまいました!これには参りました。
地元の人たちとのふれあい
昼食はたまに通過する市場やバス乗り場前の屋台で済ませています。1杯2元(約30円)程度の麺料理が多いですね。日本では考えられない安さです!やはりこういう場では店の人やお客さんにスグ話しかけられます。食べてる時間より話している時間が圧倒的に長く、「いっぱい話したい」、でも「早く進みたい」という、日々そのジレンマとの闘いです。
17:30陽が沈み、闇が訪れる前に宿を見つけなければなりません。この時間帯はいつもドキドキで、この日も暗くなってきたところで旅館を発見。…よかった~、この時期の野宿はあり得ませんから!そして、宿のおかみさんらが1日の最後の話し相手になるわけです。


韓進荘(ハンジンジャン)ホステル。韓国・慶州の世話好きで日本語と英語が達者なおやじさんが経営。1泊25,000ウォンを20,000ウォン(約2,400円)にまけてもらいました
東元飯店。中国・唐山市郊外で宿泊。主にトラック運転手向けの簡素な宿泊所です。3人部屋を1人で使わせてもらい、管理人も感じの良い人たちでした。1泊15元(約220円)
自前のテント。一番お世話になる宿でしょう、確実に…。氷点下ではあまりキャンプしないつもりです。その他、招いてくれた地元の人の家にも泊まっています。これが一番ありがたいですし、うれしい宿。テント自体の重さは1,680g。何泊でも無料です(笑)
